2009.02.14

『どうして僕はきょうも競馬場に』《亀和田 武》

あー、競馬場に行きたい。
書名からは「競馬に関するエッセイ」というイメージが濃厚ですが、“競馬本”のジャンルに収めるのはもったいない…というか、「競馬本ではない」です。

これは「競馬エッセイ」ではなく、競馬場という場を本線に置いた味わい豊かな紀行文です。「競馬場とそれを取り巻く人々のあんなことやこんなこと」も当然登場しますが、競馬場へ足を運ぶ亀和田武の哀愁がとても絶妙。

エッセイと随筆の違いを云々するほど両者を読み込んではいないのだけれど、これはやはり「随筆」と呼びたい。

そして、無性に競馬場に行きたくなる。どこか。やはりばんえい競馬で唯一生き残った「ばんえい十勝」http://www.banei-keiba.or.jp/かな。
行くならばやっぱ一人旅。黙々と工程をこなす一人旅は淋しいと言えば淋しいけれど、連れのコンディションとかを気にしなくていいのがいい。飽きればさっさと切り上げて別の行動に移すのに遠慮も要らないし。
とりあえず大井に遊びに行ってみるかな。

『どうして僕はきょうも競馬場に』《亀和田 武》(本の雑誌社)

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2009.01.21

2009年本屋大賞 ノミネート作品発表

「売り場からベストセラーをつくる!」

http://www.hontai.jp/

知名度はすっかり定着した感のある本屋大賞の2009年ノミネート10作の発表がありました。

2009年本屋大賞 ノミネート作品


『悼む人』天童荒太(文藝春秋)
『告白』湊かなえ(双葉社)
『出星前夜』飯嶋和一(小学館)
『ジョーカー・ゲーム』柳広司(角川書店)
『新世界より』貴志祐介(講談社)
『テンペスト』池上永一(角川書店)
『のぼうの城』和田竜(小学館)
『ボックス!』百田尚樹(太田出版)
『モダンタイムス』伊坂幸太郎(講談社)
『流星の絆』東野圭吾(講談社)


直木賞受賞作があったり、前年度受賞者の作品があったり、「もう十分売れてるじゃん」というイメージのものがずらりと並んだ感があり、本読みの間では新鮮味が無いだのなんだのとノミネート時点からなんだかんだ言われております。


実は私もその一人で、何だか「こう来たかっ!」みたいな驚きが無いラインナップだなと思いましたハイ。


ただ、ベストセラーというものは「普段本を読まない人が買って」こそのベストセラーだと思うので、「売り場からベストセラーをつくる!」というコンセプトから考えればこういうラインナップこそ正解なんだと思う。「いい作品なんだけれど、いまいち注目度の薄い作家さんに!」とか「某○○賞の選考っておかしい!」というのは幻想なのですね。それはそれで別の賞を創るべきなんでしょう。


例えば2006年の『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』が受賞した年は、私は『ベルカ、吠えないのか?』に是非受賞して欲しかったのだけれど、普段本を読まない人が「本屋大賞だから」と言って「ベルカ…」を手に取ったとしたら、翌年以降「本屋大賞」の本を手に取らないかも知れないもの。


ただ、キャンペーンの下手くそさだけは指摘しておきたい。
大賞以外の9作品も当然売れて欲しいし読まれて欲しいならばノミネート発表の時に大々的にキャンペーンすべきだと思う。マスコミは「大賞発表」の時しか食いついて来ないかも知れませんが、書店レベルでは可能でしょう。

ノミネート発表と同時か2・3日以内に本屋大賞のWEBでPOP・張り紙・腰巻等を発表。 同時にフリーペーパー「LOVE書店!」のノミネート作発表号を発行。 各推薦書店員がWeb上で推薦作への投票をアピール。 投票権の無い書評家や一般人が下馬評予想等など。 煽って、煽って発表日を迎える…。 スタッフは現役書店員で終業後に手弁当でやっているらしいから大変なのは判るんですけれど、これぐらいやってくれるとねー。

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2008.11.20

『この落語家を聴け!』《広瀬和正》

2007年1年で1600席以上の落語を聴いたという著者が腰巻にあるとおり「いま、観ておかないと一生後悔します。」という51人の噺家をみっちり評論した1冊。

これまた腰巻の立川談春さんの言葉が
「ようやく…
 同世代で落語家を
 評論できる人が
 登場してくれた。」

というもの。ここでは「落語家」に傍点がついているが、私は「評論家」に傍点をつけたいです。

観て、聴いておきたい51人の噺家さんについて、単なる紹介ではなくて、どの話を、「どのように口演したか」を丁寧に分析して評論。

今、90年代とは比べ物にならないほど「面白い噺家」が増えているのは現代ではリアリティーがすっかりなくなってしまった落語をどのように創意工夫して、同時代人が「面白い!」と思えるように演じているかを語って、すぐにでもこの高座を観に行きたくなってしまう。

今の「落語ブーム」は何もドラマのタイガー&ドラゴンが受けたからとかいう単純な理由ではなくて立川流一門をはじめとして「面白い噺家が増えてきた」からに他ならない。

そんな訳で「落語中興の祖」立川談志、「立川流四天王」「平成の名人 最右翼」。そして「六人の会」「SWA」。それぞれを歴史的に、個別にしっかりと分析して判りやすい。

でも何と言ってもすごいのは「伝説の…」と言われる様な名演のクライマックスを採録して紹介してくれるところ。「芝浜」「子別れ」などを、それぞれの噺家さんがどのように演じたか。

冒頭、いきなり38ページ目からの談志師匠の2007年12月の「芝浜」はもう、すごい迫力。そのあと、談春さんの「芝浜」を紹介し、談笑さんの「シャブ浜」のラストの紹介へという流れはすごいすごい。

他にも「子ほめ」が何度も紹介されたり。終盤はさん喬師匠の「柳田格之進」がまたすごかった。
51人の全てを聴こうと思ったら週一でも1年かかるし、毎週そんなに都合よく入れ替わり高座のチケットが手に入る訳もないので、マイペースで追っかけるしかないですが…。


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2008.11.07

お前はただの現在にすぎない

『お前はただの現在にすぎない テレビになにが可能か』《萩元 晴彦,村木 良彦,今野 勉》 (朝日文庫)

後に日本で初のテレビ番組制作会社「テレビマンユニオン」を立ち上げる事になる3人が
「テレビジョンとは何か?」と問うた本。
と、思って手に取った本書だが、内容は想像していたものとは全然違った。

いや、内容そのものはまさしく三人の著者が「テレビジョンとは何か?」と真摯に問い続けた本なのだが、その背景は1968年の「TBS闘争」である。

「TBS闘争」とは何か。それはまさしく萩元・村木の両氏が「テレビジョンとは何か」と考えて創った番組が「偏向している」という理由で(表面上、辞令はそんなことは一言も触れてない)部署を配転された問題、3月10日成田空港反対闘争の現場で宝官正章記者が取材用のマイクロバスに反対派農民のおばちゃんたちを集会の現場に「送っていった」時に偶々「プラカード」を持参していたことが警官隊の検問によりこのプラカードが「武器」として「領置」されたという「3.10成田事件」。そしてTBSの看板ニュース番組「ニュースコープ」のキャスター田英夫氏が突然“辞任”することになった事件。

この三つの“事件”を元にTBS労組は燃え上がった。団体交渉、ティーチ・イン、全スト、指名スト。その中でTBS労働者に突きつけられた「テレビジョンとは何か」の


とその後の状況を様々な資料と取材のコラージュによって構成した「テレビジョンとは何か」と問うた本。

3.10成田事件。萩元・村木配転事件。田英夫ニュースコープ“辞任”事件。
三つの事件からTBS労組は立ち上がった。

その“現場”から常に問い続ける「テレビジョンとは何か」「テレビジョンに何が出来るのか」

1968年。「日大闘争」「東大闘争」「10.21新宿騒乱」「1.19東大落城」そのときテレビジョンは何を映し出していたのか?

多くの社会主義政権が倒れ、左翼運動は衰退した今から見ると、「彼らはどんな世界を夢見て居たのか?」は中々読み取るのが難しい。彼らの夢見ていたのは「どんな権力からも弾圧されない自由な表現の場」そこでテレビジョンには何ができるのか。

労組集会、ティーチ・イン、各組織からの発表資料、彼らの取材。それらの資料をコラージュの様に構成して問いかけた「テレビジョンとは何か」

いま、テレビジョンの状況は、はっきり言って「惨憺たる状況」そしてインターネットとブログという新しいメディアに囲まれた状況からこの本を読むと「テレビジョンに幻想を持ちすぎかな?」と思わないではない。萩元さんが「テレビジョンにできること」と想定していたことが、今や「マスコミという権力」を持たなくても発信できる状況。

情報源は新聞・ラジオ・テレビだけではなく、インターネット上に溢れるばかりにあり、そこから事実を選別すするのは受け手に任された世界から今一度問う「テレビジョンとは何か」

そこいらの70年代回顧本とは全然違う、すごい臨場感。

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2008.06.15

倚天屠龍記《金庸》(徳間文庫)


射雕英雄伝(全5冊)神雕剣侠(全5冊)に継ぐ《射雕三部作》の完結篇『倚天屠龍記』全5冊

それぞれの作品は登場人物にダブリがあり、世界観を共有してはいるが、世代が替わっており、独立した物語。

倚天屠龍記は天下制覇の証となる伝説の宝刀「倚天剣」と「屠龍刀」の争奪を巡る大スペクタクル。


この《射雕三部作》に限らず金庸の描くものというのは、つまり善と悪(この作品で言えば「正」と「邪」)は常に相対的なもので絶対的なものではない…ということではないだろうか?

正派・邪派。さらにそれぞれの派内での門・派の中で覇権を争うのは皆自分たちが正当である事を主張する訳だが、その差違は実は瑣末なことであったりする。

主人公はその正派・邪派の間で悩み揺らめく。
「中華思想の国」「社会主義の国」において時の多数派の言に意義を唱えるこのような作品が発表され、大衆の絶賛を浴びたというのは、なかなかにすごいことだと思う。

思えば「三国志」も「水滸伝」も中華思想とは相容れない物語な訳だが。



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2008.04.20

替天行道

嗚呼。とうとう終わってしまった。北方謙三「水滸伝」または「北方水滸伝」集英社文庫版の刊行がついに最終巻に。

著者自身はキューバ革命が念頭にあったようだが、私には70年代学生運動の姿が重なって見えた。
特に印象的だったのは2巻か3巻辺りの豹子頭林冲の孤軍奮闘で戦う姿が、勝ち目のない戦いに挑む学生集団に見えて…。
そして最終巻。あ、ここからちょっとネタバレ

梁山泊に篭る本隊は東大安田講堂。そして騎馬隊は神田カルチェラタン。
ま、学生運動の場合は数だけでなく戦力でも圧倒的に公安側が有利だった訳だけれども。

18巻・19巻は「楊令伝」の予告編みたいに楊令活躍しすぎ!って感じだったけれども。



しかしなぁ。

溺れて死ぬなよ 黒旋風

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2008.04.08

本屋大賞2008

決定!本屋大賞2008

1位 『ゴールデンスランバー』 伊坂幸太郎 (新潮社) 509.5点
2位 『サクリファイス』 近藤史恵 (新潮社) 312点
3位 『有頂天家族』 森見登美彦 (幻冬舎) 280.5点
4位 『悪人』 吉田修一 (朝日新聞社) 233.5点
5位 『映画篇』 金城一紀 (集英社) 227.5点
6位 『八日目の蝉』 角田光代 (中央公論新社) 225点
7位 『赤朽葉家の伝説』 桜庭一樹 (東京創元社) 213.5点
8位 『鹿男あをによし』 万城目学 (幻冬舎) 196.5点
9位 『私の男』 桜庭一樹 (文藝春秋) 129.5点
10位 『カシオペアの丘で』 重松清 (講談社) 126点

毎年2作品が候補になって票割れして受賞を逃していた伊坂さんがついに!
しかし、僅差かとおもったら圧勝だったなぁ。未読だけれど・・・。

http://www.hontai.jp/

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2008.03.19

わが心のデキシーランド・ジャズ《薗田憲一》(三一書房)


2006年に逝去された「薗田憲一とデキシー・キングス」のリーダー薗田憲一さんが生まれてからデキシー・キングス40周年記念リサイタルを目前にする1998年の当時までを綴った自伝。


島根県で子沢山の家に生まれるが大黒柱の父上が亡くなって一家は離散。生活苦が重なって学校の勉強についていけなくなり非行少年に。
長兄の誘いで満州へ渡るもそこで終戦。開放なった中国の地で共産党軍と国民党軍の戦闘の中をかいくぐって命がけでからくも帰国。
楽劇団でアコーディオンや軽芝居の経験を経て東京でJAZZに出会い、戦後のキャンプ回りで修行して「デキシー界のキングを目指し」デキシー・キングスを結成。

まさに絵に描いた様な波乱万丈の人生。私は、亡くなるちょっと前にデキシー・キングスのLIVEで、「病み上がりだからMCのみ」という形で一度お見かけしただけでしたが、魅力的なお爺さんでした。

今も、ご子息の市川勉慶君がTb、市川文香チャンがVoとして参加して「薗田憲一とデキシー・キングス」は活動中。

薗田憲一とデキシー★キングス
http://www.h4.dion.ne.jp/~pj2500/kings/

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2008.03.09

ヤバ市ヤバ町雀鬼伝三〇〇分一本勝負《阿佐田哲也》(小学館文庫)

86年に上梓された阿佐田哲也氏晩年の博打小説
「ソープランド」なんて言葉が出てきてびっくり。名作「麻雀放浪記」は戦後の混乱期を舞台にしたものだが、バブル景気に浮かれ始めたこの頃でも博打打ちは同じ。


動いている金は「千点百万円。三万点通しでハコ三千万円。場ウマが五の十五だから二着で五千万、トップが一億五千万…」

実際の麻雀打ちは「馬」で、この金を賭けているのは「オーナー」たる「馬主」彼らはゲームではなくて金を動かすことのみに興味がある訳である意味真性の博打打ち。

しかし、実際にゲームをする「馬」もやはり博打打ち。どちらにしても命がけの勝負。

主人公「オレンプ」は前科四犯でいづれも「通し」の春夏秋冬服役、うち一回以上は「殺人罪」らしいという人物。

本人もソープランドの雇われ支配人でオーナーから飼われている博打プロデューサーみたいな役割。「ドサ健ばくち地獄」のような凄絶さは薄いけれども、他の作家には書けないよなぁ。

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2008.03.05

名画座番外地 「新宿昭和館」傷だらけの盛衰記《川原 テツ》(幻冬舎)

覚えてる覚えてる。
新宿駅南口(当時)から新宿末広亭に向かうのに路地を抜けていこうとすると通りかかる怪しい名画座が「昭和館」(ほぼ)やくざ映画専門の名画座。

これは、著者が「昭和館」に就職してから「昭和館」が閉鎖されるまでの20年間を描いたノンフィクション。

喰いっぱぐれたホームレスやら、新宿を根城にする本物のヤクザやら、客も客ならそれを受けて立つ小屋の人々も一筋縄ではいかない…。いやはやすごい人々がいたもんだ。
先日放送された「歌姫」というTVドラマに登場する映画館のありようが昭和30年代を舞台にしていながら「ありえねー」と思えたのに昭和50年代に、それ以上の「ありえねー」実在したとは。

椎名誠の『哀愁の町に霧が降るのだ』を読んだとき「こんな人が現代にいたんだ」と思ったのが、10数年後『中場利一』の登場でまたしても「こんな人が現代にいたんだ」と思った。しかし、昭和50年代から平成の東京にもいたんですね、小説でもめったにいないようなベタなバカ達が。

確かにあの界隈は歌舞伎町より怪しかった

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